ホーム>いちばん星ブログ

お知らせブログ

叶 珠算会から保護者の方へのお知らせや授業風景、試験結果の報告など、叶 珠算会の日常をお届けします。

人生賛歌
2009年06月30日 00:52

叶治泉ーこの人の魂は来世とつながっているのであろう。
      2009年6月29日(月)にいや、その前日かもしれない。
      2009年8月30日の
      メッセージを発している。
       
      「さよなら  そして  ありがとう」
      
      私がこの人の言葉を言葉数多く書いても、卑しい気がし、
      
      叶治泉のブログから転記することに、許しを乞う。

     
      現世に命をおきつ、来世から発されたメッセージ

            
     
     
2009年08月30日

人生讃歌

「勧酒」は晩唐の詩人、于 武陵の五言絶句です。


  勧酒   (酒を勧む)

 勧君金屈巵 (君に勧む金屈巵<きんくつし>)

 満酌不須辞 (満酌辞するを須<もち>いず)
 
 花發多風雨 (花發<ひら>けば風雨多く)
 
 人生足別離 (人生別離足る)


  酒を勧める

 君に黄金の杯を勧める

 このなみなみと注がれた酒を断ってはいけない

 花が咲くと雨が降り、風も吹いたりするものだ

 人生に別離は当然のことだ


于 武陵の五言絶句は、味も素っ気もない。

それを、井伏鱒二は大胆に意訳した。

その名訳が、この詩を一気に有名にした。


  井伏鱒二の名訳

 コノ盃ヲ受ケテクレ

 ドウゾナミナミツガシテオクレ

 花ニ嵐ノタトヘモアルゾ

 「サヨナラ」ダケガ人生ダ


「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」、この後半の二行が井伏鱒二の弟子 太宰治や、寺山修二によって、広く有名なった。

そして、そのために、前半の二行が置き去りにされ、風味も詩全体の意味合いも変わってしまった。

井伏鱒二名訳の、皆さんよくご存知の、後半の二行だけを読むと、詩全体の意味合いを取り違えます。

さよならだけが人生だ、とは人生を物凄く突き放した、虚無的な、そういう印象を抱いた方は、まったく井伏鱒二名訳の意味を間違えています。

むしろ、後半の二行を先に読んで、前半の二行を結論として読むと、意味合いが全く違ってきます。

人生は、確かに諸行無常、虚無である。すぐに別れは来るけれど、だからこそ、杯になみなみと酒を注いで、親しい友と飲み干しながら、今この出会い、この時間を大切に愉しもうよ。「今・ここ」人生讃歌の詩です。

ちなみに、寺山修司は、この名訳の後に、「さよならだけが人生ならば また来る春はなんだろう」と歌いました。

それにしても、井伏鱒二訳は名訳ですね。私の大好きな詩です。私の今の心境にぴったり。

自分で作る才能がないので、恐れ多いのですが、これを私の辞世の詩に引用させていただきます。


 コノ盃ヲ受ケテクレ

 ドウゾナミナミツガシテオクレ

 花ニ嵐ノタトヘモアルゾ

 「サヨナラ」ダケガ人生ダ


 さよなら、そして、ありがとう。

   叶 治泉

投稿者 saeko : 2009年06月30日コメント (0)

コメント投稿

お名前
MAIL (メールアドレスは表示されません)
URL
情報を保存
コメント

ホーム教育理念・特色先生紹介いちばん星ブログスケジュール入会のご案内
教室案内そろばんの魅力生徒・保護者の声お問い合わせプライバシーポリシー

Copyright © kanae-office.com  All rights Reserved.