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叶 珠算会から保護者の方へのお知らせや授業風景、試験結果の報告など、叶 珠算会の日常をお届けします。
人生賛歌
叶治泉ーこの人の魂は来世とつながっているのであろう。
2009年6月29日(月)にいや、その前日かもしれない。
2009年8月30日の
メッセージを発している。
「さよなら そして ありがとう」
私がこの人の言葉を言葉数多く書いても、卑しい気がし、
叶治泉のブログから転記することに、許しを乞う。
現世に命をおきつ、来世から発されたメッセージ
2009年08月30日
「勧酒」は晩唐の詩人、于 武陵の五言絶句です。
勧酒 (酒を勧む)
勧君金屈巵 (君に勧む金屈巵<きんくつし>)
満酌不須辞 (満酌辞するを須<もち>いず)
花發多風雨 (花發<ひら>けば風雨多く)
人生足別離 (人生別離足る)
酒を勧める
君に黄金の杯を勧める
このなみなみと注がれた酒を断ってはいけない
花が咲くと雨が降り、風も吹いたりするものだ
人生に別離は当然のことだ
于 武陵の五言絶句は、味も素っ気もない。
それを、井伏鱒二は大胆に意訳した。
その名訳が、この詩を一気に有名にした。
井伏鱒二の名訳
コノ盃ヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
花ニ嵐ノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」、この後半の二行が井伏鱒二の弟子 太宰治や、寺山修二によって、広く有名なった。
そして、そのために、前半の二行が置き去りにされ、風味も詩全体の意味合いも変わってしまった。
井伏鱒二名訳の、皆さんよくご存知の、後半の二行だけを読むと、詩全体の意味合いを取り違えます。
さよならだけが人生だ、とは人生を物凄く突き放した、虚無的な、そういう印象を抱いた方は、まったく井伏鱒二名訳の意味を間違えています。
むしろ、後半の二行を先に読んで、前半の二行を結論として読むと、意味合いが全く違ってきます。
人生は、確かに諸行無常、虚無である。すぐに別れは来るけれど、だからこそ、杯になみなみと酒を注いで、親しい友と飲み干しながら、今この出会い、この時間を大切に愉しもうよ。「今・ここ」人生讃歌の詩です。
ちなみに、寺山修司は、この名訳の後に、「さよならだけが人生ならば また来る春はなんだろう」と歌いました。
それにしても、井伏鱒二訳は名訳ですね。私の大好きな詩です。私の今の心境にぴったり。
自分で作る才能がないので、恐れ多いのですが、これを私の辞世の詩に引用させていただきます。
コノ盃ヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
花ニ嵐ノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
さよなら、そして、ありがとう。
叶 治泉
投稿者 saeko : 2009年06月30日 | コメント (0)
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